アインシュタインの電話番号
2013.08.22
イマココ

ずっと2011年でブログが止まっていたことと、最近活動を再開しはじめたこともあって、たまに「今まで何してたの?」「今何してるの?」と訊かれます。3行でまとめると、

  • 2011年、転職活動を開始、ウタダヒカループの記事でもそれを告知。で転職引っ越し
  • 2012年、病気が発覚して青天の霹靂。療養に専念するために退職して実家の名古屋に都落ち
  • 2013年、まぁまぁ回復、自宅からの完全リモートでスタートアップ2社に参加中 ←イマココ

という感じのライフログでした。個人的な話ばかりですが、以下でもうちょっと詳しく。

2011

2011年は自分にとって、大きな転換点がいくつもあった年でした。まず、何よりも震災。地震発生時は東京で働いてて、特に被害には遭わなかったのですが、それでも今までにないほど、死を身近に感じました。この時に、もっと自分のやりたいことをやろう、本気で打ち込めることをやろう、と強く思って、転職活動をはじめたのもこれがきっかけでした。

もう1つは、1人でWebサービスを作るということが、ある程度実現できるようになった年でした。小さな規模ではあるものの、企画・デザイン・プログラムのすべてを1人でこなせるようになり、脳内で思い描いたものを実際のWebサービスとしていくつかリリースできました。これが可能になった要因の1つとして、Heroku, Git, Sinatra, Sassなどを知って使えるようになったことで、技術面でのハードルが下がったことは大きかったと思っています。

そして、その作ったWebサービスがきっかけで、多くの人とお会いした年でもありました。元々、人と会うことは好きではないのですが、この年は、自分と似た感性や思考を持つ、サービスやアプリなどを作る人たちばかりにお会いできて、たくさんの刺激を受けました。当時の転職活動も、今現在参加しているスタートアップも、この年にお会いした人たちから繋がっていて、それらの出会いは今でも自分にとって大きな意味を持っています。

そんな感じで2011年は震災があったものの、自分の考えがはっきりし、自分の欲しいものが自分で作れるようになり、それがきっかけで同じ感性を持つ人々にお会いできて、新たな勤務先も決まり、すべてうまく行ってるように思えたのですが…人生は甘さ控えめでした。

2012

2012年早々、新しい職場で受けた健康診断に引っ掛かり、病院に再検査に行き、医者に「今の状態だと入院を考えてもいいくらいですね」と言われ、頭の中が真っ白になりました。震災の時よりもさらに強い戦慄が走りました。

前職に誤解を与えないために書いておくと、これは転職の前から進行していたのは確実で、自分の健康管理の未熟さが原因です。それまで一度も大きな病気をしたことが無かったので健康に対する考え方や姿勢が甘々でした。

医者に言われたことが自分には衝撃的すぎて、その時に仕事面での戦意を喪失してしまい、退職することも自分の中で決めてしまいました。過去の自分を振り返ってみて、どう前向きに考えても、仕事と療養を上手に両立できるとは思えず、病気を抱えたままで働く気力は奮い起こせませんでした。

配属された部署の上司に病気のことを伝えると、社員ではなくアルバイト的な働き方やリモートでの働き方を提案していただけました。前述のとおり自分の中で退職の意志を固めていたのでその事も伝えると、迅速に引き継ぎや退職の手続きをしてくださり、発覚からかなり早い日数で療養生活に入ることができました。これについては本当に感謝していて、また、仕事での成果をたいしてあげることなく早期に退職する結果となってしまったことを大変申し訳なく思っています。

療養に専念するという選択は、勤務先だけでなく、他の方々にもご迷惑をお掛けすることになってしまいました。中でも、2011年の最後の記事の中でも触れている書籍を執筆したいという自分の願望に対して、電子書籍の出版社さんが声をかけてくださり、2011年からプロジェクトとしてもスタートしていたのですが、頓挫させてしまいました。改めてお詫びいたします。その他にも、進行していたり、お話をいただいていたものがいくつか中止または引き継ぐ形になってしまいました。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。

おかげさまで2012年は療養に専念することができ、回復に向かうことができました。一方でこの年は、前年とは打って変わって変化の乏しい1年となり、何も作らず、ほとんど誰とも会わない年でした。

2013

そんな感じで療養生活を続け、全快とは言えないまでもある程度回復し、冒頭で触れたとおり、今現在はスタートアップ2社に参加もしています。2社というのは、どちらも正社員としてではなく、フリーランスの業務委託という形での参戦で、自分と会社それぞれがその時々の都合で労働時間等をコントロールするためでもあります。

両社ともオフィスは東京にあるのですが、僕自身は名古屋の自宅にいたままの完全リモートでの参加で、どちらも現時点で既に1年以上が経過していますが、最後に実際に会ったのももう1年近く前のことです。メールやチャット、GitHubなどのコミュニケーションツールとGitによる成果物のプッシュのみで成立しています。通勤がなく、時間配分も自由にできるこのスタイルは、以前にも経験はしていたのですが、今回のような療養や通院の生活を送りながらだと特にありがたさが身にしみます。

作らねば

先日、風立ちぬを観てきました。何かを作る人にとって、良い内容の映画だと思いました。 この作品は僕には、作り続けることと病を受け入れることがテーマに見えました。作り続ける人としては、堀越二郎だけではなく、宮崎駿自身のことも頭をよぎりました。70過ぎのおじいちゃんになっても、こんなに瑞々しい作品を作れるものなんだなぁと。

ちなみに、今回は以下の文章に触発されて、この記事を書きました。

goodbye world - Masahide Sakuma