イマココ

ずっと2011年でブログが止まっていたことと、最近活動を再開しはじめたこともあって、たまに「今まで何してたの?」「今何してるの?」と訊かれます。3行でまとめると、

  • 2011年、転職活動を開始、ウタダヒカループの記事でもそれを告知。で転職引っ越し
  • 2012年、病気が発覚して青天の霹靂。療養に専念するために退職して実家の名古屋に都落ち
  • 2013年、まぁまぁ回復、自宅からの完全リモートでスタートアップ2社に参加中 ←イマココ

という感じのライフログでした。個人的な話ばかりですが、以下でもうちょっと詳しく。

2011

2011年は自分にとって、大きな転換点がいくつもあった年でした。まず、何よりも震災。地震発生時は東京で働いてて、特に被害には遭わなかったのですが、それでも今までにないほど、死を身近に感じました。この時に、もっと自分のやりたいことをやろう、本気で打ち込めることをやろう、と強く思って、転職活動をはじめたのもこれがきっかけでした。

もう1つは、1人でWebサービスを作るということが、ある程度実現できるようになった年でした。小さな規模ではあるものの、企画・デザイン・プログラムのすべてを1人でこなせるようになり、脳内で思い描いたものを実際のWebサービスとしていくつかリリースできました。これが可能になった要因の1つとして、Heroku, Git, Sinatra, Sassなどを知って使えるようになったことで、技術面でのハードルが下がったことは大きかったと思っています。

そして、その作ったWebサービスがきっかけで、多くの人とお会いした年でもありました。元々、人と会うことは好きではないのですが、この年は、自分と似た感性や思考を持つ、サービスやアプリなどを作る人たちばかりにお会いできて、たくさんの刺激を受けました。当時の転職活動も、今現在参加しているスタートアップも、この年にお会いした人たちから繋がっていて、それらの出会いは今でも自分にとって大きな意味を持っています。

そんな感じで2011年は震災があったものの、自分の考えがはっきりし、自分の欲しいものが自分で作れるようになり、それがきっかけで同じ感性を持つ人々にお会いできて、新たな勤務先も決まり、すべてうまく行ってるように思えたのですが…人生は甘さ控えめでした。

2012

2012年早々、新しい職場で受けた健康診断に引っ掛かり、病院に再検査に行き、医者に「この数値だと入院を考えてもいいくらいですね」「この病気は合併症によって視力が低下して、悪化すると失明もありえますから、すぐに眼科で検査してください」と言われ、頭の中が真っ白になりました。震災の時よりもさらに強い戦慄が走りました。

前職に誤解を与えないために書いておくと、これは転職の前から進行していたのは確実で、自分の健康管理の未熟さが原因です。それまで一度も大きな病気をしたことが無かったので健康に対する考え方や姿勢が甘々でした。

医者に言われたことが自分には衝撃的すぎて、その時に仕事面での戦意を喪失してしまい、退職することも自分の中で決めてしまいました。過去の自分を振り返ってみて、どう前向きに考えても、仕事と療養を上手に両立できるとは思えず、失明や最悪命を落とすリスクがある病気を抱えたままで働く気力は奮い起こせませんでした。

配属された部署のリーダーやキャプテンに病気のことを伝えると、社員ではなくアルバイト的な働き方やリモートでの働き方を提案していただけたのですが、前述のとおり自分の中で退職の意志を固めていたのでその事も伝えると、迅速に引き継ぎや退職の手続きをしてくださり、病気発覚からかなり早い日数で療養生活に入ることができました。これについては本当に感謝していて、また、仕事での成果をたいしてあげることなく早期に退職する結果となってしまったことを大変申し訳なく思っています。

療養に専念するという選択は、勤務先だけでなく、他の方々にもご迷惑をお掛けすることになってしまいました。中でも、2011年の最後の記事の中でも触れている書籍を執筆したいという自分の願望に対して、電子書籍の出版社さんが声をかけてくださり、2011年からプロジェクトとしてもスタートしていたのですが、頓挫させてしまいました。改めてお詫びいたします。その他にも、進行していたり、お話をいただいていたものがいくつか中止または引き継ぐ形になってしまいました。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。

おかげさまで2012年は療養に専念することができ、病状も悪化せず、入院や視力の低下もすることなく、回復に向かうことができました。一方でこの年は、前年とは打って変わって変化の乏しい1年となり、何も作らず、ほとんど誰とも会わない年でした。1

ウタダヒカループを公開した頃は、はてブコメントなどで「このサービスすぐ消えそう」と言われたりもしましたが、まさかあの後、サービスではなく自分自身がフェードアウトすることになろうとは思ってもいませんでした。一応ここ笑うとこですね。

そういえば、人生最大の病を患ったこの年の初詣でひいたおみくじは大吉でした。

2013

そんな感じで療養生活を続け、全快とは言えないまでもある程度回復し、冒頭で触れたとおり、今現在はスタートアップ2社に参加もしています。2社というのは、どちらも正社員としてではなく、フリーランスの業務委託という形での参戦で、自分と会社それぞれがその時々の都合で労働時間等をコントロールするためでもあります。

1社は、以前このブログでも触れたことがあるQNYPというスタートアップで、2011年に、自分が前々職の退職を決めた時には一番最初に相談しにいき、彼らがやろうとしているサービスの構想を改めて聞かせてもらい、自分も参加したいと伝えました。その時、曖昧な返事をせず「まだ1円も利益をあげてないし、闇雲に社員を増やすことはしたくないです」と、きっぱり断られたのはとても印象的でした。この考え方には共感できて、自分が逆の立場でも同じことを思っただろうなぁと。その後、僕は引き続き転職活動を続け、そこから先は前述のとおりです。ちなみに2013年に書いた最初のブログ記事はこの会社のブログでした。

もう1社は名前を伏せますが、最近注目を集めているお金に関する分野のスタートアップで、きっかけは創業メンバーの方が僕の作ったWebサービスを気に入ってくれて「会って話してみたい、自分の考えているサービスについて聞いて欲しい」と言ってもらえて、実際にお会いして意気投合しました。結果としてその時は別の転職先を選んだのですが、2012年の夏頃にも再度声をかけてくださって、可能な範囲で少しずつお手伝いをするという形での参加が始まり、今に至ります。

両社ともオフィスは東京にあるのですが、僕自身は名古屋の自宅にいたままの完全リモートでの参加で、どちらも現時点で既に1年以上が経過していますが、最後に実際に会ったのももう1年近く前のことです。メールやチャット、GitHubなどのコミュニケーションツールとGitによる成果物のプッシュのみで成立しています。通勤がなく、時間配分も自由にできるこのスタイルは、以前にも経験はしていたのですが、今回のような療養や通院の生活を送りながらだと特にありがたさが身にしみます。

自分が担当している部分は、どちらの会社でもほぼ同じで、デザイン〜フロントエンド周りを主に担当しています。ページのレイアウトを決めたり、サービス全体で使うスタイルガイドを策定したり、Railsではビューからコントローラーあたりをよく触って、モデルを触ることはあまり多くはありません。自分の場合は、個々のスキルで見た場合は中途半端なものですが、企画・デザイン・プログラムを必要最低限レベルで一気通貫できるのが長所で、このタイプ2は駆け出しのスタートアップでこそ活きるのだと、大きな会社と小さな会社の両方を経験してみて痛感しています。一気通貫だけに。

スタートアップはやることがいっぱいあって、フルコミットでも時間が足りないくらいなので、自分のような遠隔地にいて尚且つ断続的にしか参加できないのでは、微妙といえば微妙かもしれません。それにも関わらず参加させてもらえていることに感謝しています。

作らねば

先日、風立ちぬを観てきました。何かを作る人にとって、良い内容の映画だと思いました。 この作品は僕には、作り続けることと病を受け入れることがテーマに見えました。作り続ける人としては、堀越二郎だけではなく、宮崎駿自身のことも頭をよぎり、70過ぎのおじいちゃんになっても、こんなに瑞々しい作品を作れるものなんだなぁと何度も感動しました。創造的人生の持ち時間は本当に10年しかないのだろうか、とも思わせてくれました。

なぜ今回、このような事を書こうかと思ったかというと、この文章を読んだからです。

goodbye world - Masahide Sakuma

毎朝、鏡の前で「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることを私は本当にやりたいのだろうか?」と自問自答するとは言わないまでも、2011年の震災、2012年の病気発覚の時に感じた戦慄はずっと忘れずにいたいです。そして、一個人として作り続けたことによって多くを学び、道が開けたことも時々思い出したいことです。

あと僕は今回の件で、30過ぎると体のいろんなところにガタが来るというのも身を持って体験しました。みなさん、健康診断は必ず受けましょう。健康第一。

  1. むしろ2011年が特別だったのかもしれません

  2. 自分はこのタイプのことを中途半端さ・器用貧乏さも含めて赤魔道士タイプと呼んでいます。最近よく聞くようになったフルスタックエンジニアとはだいぶ違うと思っています